いつも本ブログを読んでいただきありがとうございます。
ブログを開設してから、定期的に自己紹介と本ブログの紹介をしています。常連さんには、退屈でしょうがおつきあいください。追加記載事項は、赤色で記載しています。
1975年生まれ、地元の工業高校を卒業後、短期大学へ進学、自動車整備士の資格を取得するが、整備士にならずに公務員試験を受験するが不合格。その後三度目の正直で出身地の市役所にて、地方公務員(技術吏員)に合格。そして、奉職期間中に通信制大学で教養学の学士号を取得。その後、上水道の技師、道路部門の担当(道路法に係る手続きと道路認定、陳情要望活動、道路用地の登記、立会、除雪計画の策定と実施)を経て、県庁の本庁へ派遣。しかし、業務に忙殺されることに加え今までは上位の機関であった人達に対して、指示を出す立場になり心を鬼に出来ずに上司と出先機関との板挟みでメンタル不調となりました。福井県庁への奉職を考えている方。土木部は避けた方が良いです。いきなり、右も左も分からない業務を持たされて、支援もなく前任者に相談すれば、「あいつは自分で調べようとしない。」と陰口を叩かれます。その後、地元に戻りましたが増える仕事量と取れない有休、サービス残業、そして異常なクレームと陰湿な朝日新聞記者の取材に会い、色々考えたのち43歳で退職を決意。引き継ぎの問題もあり、4月中旬で21年勤めた地元の市役所を退職しました。退職後は、20年近く続けていた株やFXの投資を専業にして過ごしていました。しかし、市役所の道路部局にいたとき、相続に苦慮するご家族を多数見てきた経験からふと、「先祖伝来の土地の相続に問題があるので?」と感じ、調査を開始。税理士の力も借りて調査した結果、不動産が大部分の財産構成であり相続税が支払えない状況が判明。その問題解決に取り組むことになりました。問題解決の経緯については本ブログでも記載していますので、参考になれば幸いです。
そして、退職して3ヶ月を経た頃に再就職したくなり、再就職活動を開始。そして、某総合商社の子会社の総合レンタル業の会社に整備職として再就職しました。仕事自体は楽しかったのですが、早く一人前になれ!という上司からのプレッシャーに加え、仕事に対する考え方が私の想いと会社の間には解離があることが次第に判明しました。
・最低限のことはマニュアルのようなモノがあるのが当然と考えていましたが、それがなかった。
・品質管理という観点からも最低限のマニュアルが必要であると訴えたが、必要はないと返された。(旧態依然たる会社の姿勢)
・熟練者から若手への技術の伝達手段について、仕組みが作られていなかった。必要性を話したが理解してくれなかった。背を見て覚えろ!
・育成担当の上長は、直後に私のいる営業所と別の営業所の兼務となり、指導が出来る環境ではなくなった。
・変な緊張感が営業所の中に常時漂っていた。管理者の上司の支店長などの上司に対する発言がヒドすぎた(陰口をたたく、尊敬を感じないなど。)私は陰口をたたくヤツは嫌い。
・転勤ありきの業務に加えて、単身赴任の期間の約束がズルズル伸ばされる上長もいた。
それに加えて事務所の所長との相性が最悪だったと言うのが、ずっと引っかかってました。語る内容が本心でないことは確実に透けて見えていました。悪い人でないのでしょうが、生理的に合わないんだと思います。
当然、私の考えが全て正しいとは考えていませんが、これだけ双方に乖離があると家庭で言うところの離婚を考えざる終えませんでした。そして「この会社にいて、私は今後芽が出るのか?」という葛藤もありました。数ヶ月も勤めると40代という年齢、自分の実力が分かり最終役職が見えてくるんですよね。肝心の仕事は、気を利かして対応したことが全て裏目に出るというまさに空回りが続き、上司との折り合いも悪く約1年で退職しました。40代での公務員からの転職は非常に困難と感じました。もし、これをお読みの方が公務員から民間へ転職される場合は35歳までが現実的だと考えています。ただ、むやみやたらに私は退職はしませんでした。個人投資家として20年強の経験もあり、安定した運用益を出せていたことも退職を後押ししました。
ここで公務員の民間への転職について、一言申し述べたいと思います。
公務員の転職について煽る方も多いですが闇雲にオススメはしません。ツィッターやネットなどで出てくる方は、元より能力値の高い方です。能力が高いか低いかは、ご自分が一番知っているはずです。さらに人間は、成功体験は積極的に話しますが、失敗体験は話したがらないです。つまり、表に出ていない転職失敗が世の中には多数あるのです。それを踏まえて、転職は慎重にお考えいただきたいと思います。さらに最近、会計年度任用職員を数年勤めただけで公務を知った気になって、ブログを書いたり動画を上げたりする人も見受けられます。公務員ってそんな浅い仕事じゃありません。真剣に取り組めば奥が深く、魅力的な仕事です。なのでそういうPV数を上げるために煽るような人達の言葉には、惑わされないでください。あなたの人生です。選択を間違っても彼らは責任は取ってくれません。
参考までに官民の企業文化の違いについて、まとめてみました。以前、twitterに上げたら過去最高のPVを記録したモノに加筆をしたモノです。

そんな私ですが民間で仕事をしている1年の間に相続問題も解決の目処が立ち、問題解決のために進めてきた土地の売却代金を投資に段階的に追加投入することも可能になり、2024年の年末には億り人になることができ、正式にF.I.R.E.済の宣言を行い労働市場に戻らないことを決め、転職活動などは全て停止しました。8月時点で運用資金額は1億3千万円となっています。運用は年度末締めとしてますが2023年度からリターン重視から安定性重視に運用方針を転換し目標年間リターンは2%です。運用利回りの過去20年間の平均年リターンは+6.76%。2026年度途中は、+6.73%。目標年間リターンを下げた理由は、手元資金が潤沢であることが大きな理由です。
投資手法は、20年かけて自分なりにアレンジした、タクティカルアセットアロケーション、バリュー投資が主ですが2023年から個別日本株からの段階的撤退を行っています。これは、過去数年間の運用成績を見た場合、個別日本株が足を引っ張っていることが明らかだったからです。悔しいですが、個別日本株の運用能力は現時点では私には無いようです。FX投資は、2025年から段階的に再参入をしています。これは運用にかける時間を確保出来るようになったことと、思いのほかテクニカル分析が機能することが判明したことからです。私自身、テクニカルアナリストCMTAですが株式に比べてFXはテクニカル分析が機能しやすい投資商品と考えています。ただ、キチンとチャートが読めればと言う大原則はあります。
投資についての新しい試みも始めました。先ほど、個別日本株での運用成績が振るわないという話をしました。私は、ファンダメンタルズで銘柄を絞りテクニカルで売り買いをしているのですが、ほぼテクニカルで失敗しているようなのです。そこでそこを補完する意味でテクニカルアナリスト資格の勉強を始めました。覚える量や理解が追いつかず不合格を覚悟しましたが無事、合格しました。さらに売り買いの作業の簡略化を図るために、楽天証券のMarketSPEED2を利用した自動売買のマクロの開発を行い第2世代のシステムが稼働しています。こちらは、第3世代のシステム開発を進めていましたが、ロードバイクの練習時間確保に伴い開発が遅々として進んでいません。
民間企業を辞めた後の生活ですが、両親が高齢であり介護保険のお世話になっています。そちらもブログネタでまたご紹介することになると思います。その両親の世話と並行して私自身の余暇は、ロードバイクの練習や趣味の時間に充てています。正直言うと、刺激が少なく物足りないのも事実ですがこの歳で再就職は、なかなか厳しく妥協と自分の希望をすりあわせた結果の生活と言えます。ただ、最近はロードバイクにドップリハマってしまいレースに出たり、四国一周1000kmロードバイクの旅をしたり、先日は沖縄一周サイクリングもやってきました。そんな調子に乗っていた頃、鈴鹿サーキットでのロードバイクのレースで大落車を経験しました。幸い入院には至りませんでしたが、本当に痛かったです。しかし、懲りずにレースは続けています。さらに最近は、ロードバイクで一緒に走る仲間達が増えてきました。ただ、僕はF.I.R.E.済ですが他の仲間達は現役で働いており、なかなか価値観も合わない状況が続いており2026年からは、一緒に走ることが減ってきて僕自身も新しい計画に挑戦することになりました
そんなある意味では、安定した状況が続いていたのですがそれが一変したのが2026年の2月でした。サ高住に入っていた父親が緊急入院。週に1~2回ほどは面会に行っていたのですが、ここ一カ月ほど食が細くなり少し心配していたのですが、急変したのです。あと数日かもしれない?というお話でしたが、一時期は食事も食べられるようになり持ち直したのですがそこから3カ月後に亡くなりました。そこからが大変、葬式やら相続の手続きやら役所の手続きなど。この辺りも今後ブログで紹介していきたいと思います。
その大変な2月~5月の間には、他にも色々ありまして。なんと、4月には経済学部に編入しました。これは投資のポートフォリオの変更を行う際に経済学の知識が無いため、判断に迷うことや追加の調査が必要なことが多々あったことからの判断でした。
そして、先ほど触れた新しい計画ですが、それはツール・ド・おきなわへの挑戦です。1月には試走も済ませて、50km市民レースにエントリー手続きも済ませました。今までロードバイクで一緒に走っていた仲間とは、少し方向性が変わってしまい少し寂しい気持ちもありますがこちらは50代に突入して残された時間は少ないのですからやむを得ません。チームについても若狭R.C.G.から1人チームになりますが、EIMという名称で参加することにしました。これは、投資の運用益を参戦費用に当たることから
E=Endurance
I=Investment
M=Management の頭文字を取りました。
という感じの僕ですが、色々ありましたが今となってはF.I.R.E.済であり、好きな仕事(資産運用)だけして、ロードバイクに乗るというある意味では貴族的な生活を歩んでいます。紆余曲折ありましたが、収まるところに収まった気がしています。生活の優先順位は、ロードバイク → 投資 → 大学生 という感じに変化しました。ブログもこの辺りの話題が多くなると思いますが、読んで頂けるとうれしいです。
私の投資に関する書き込みはこちらにまとめてあります。
koumuin43.hatenablog.com















